川根本町民インタビュー
【川根本町民インタビューvol.10】清水麻美さん(ヨガ・マッサージ講師)
「ただヨガに出会った。だから静かな暮らしをしたいと思った」
長野県長野市出身・2014年に移住
ある4月の末日の朝。文化会館のひとつの部屋に数人の女性が集まっている。まずはしばしの世間話。時節柄お茶のことが話題にのぼる。川根では茶農家はもちろん、そうでなくとも、そろそろ茶摘みやその加工に追われることになる。彼女たちはそうやってそれぞれの日常を讃えあい、慰めあう。そして時刻は9時半になる。彼女たちはマットレスの上に仰向けになり、腰の下にブロックを挟み、目をゆっくりと閉じる。そのまましばしの時間が経つ。日常がしだいに遠ざかってゆき、その空白を深い呼吸が満たしていく。あるいはひとりの女性の導く声が。その声の持ち主が、ヨガインストラクターの清水麻美(しみず まみ)さんである。こうして90分のヨガの時間が幕を開ける。
清水麻美さんは町内でヨガとマッサージの講師をしている。上岸という集落に住宅兼スタジオ(「スタジオ明」)を構え、ひとりの女性パートナーと一匹の犬と二匹の猫とともに暮らしている。個人的な話だが、同じく上岸に住む私とはごくごくご近所さんということになる。麻美さんが犬の散歩がてら私の住む家のまわりを訪れることもあれば、私が私の散歩がてら麻美さんの家の前を通り犬(マニプラチャクラのマニくん)に吠えたてられることもある。彼がむなしくも飛びかかる大きなガラス窓の前には薪が積まれ、その脇には美しい庭がある。こぢんまりというには広い庭だ。街路からは広々としたウッドデッキや小ぶりの池、手づくり感のある菜園や養蜂箱などが覗ける。そこでは集落全体の閑散とした静けさとは質を異にした、有機的な静けさが営まれている。
そのお宅の様子からもうかがえるように、麻美さんはヨガを真ん中に据えた暮らしを送っている。あるいはヨガがまんべんなく浸透した暮らしを。東京でフリーのデザイナーとして働いていた40代のころにヨガに惹かれ、今年で20年が経つ。多くのものを摂りこみ、そのうちの多くは差し引かれ、残るべくして残った要素が、いまの彼女のヨガを、そして暮らしをつくっている。なおインタビューは麻美さんのご自宅にて、心やすらぐお香の匂いと池の水音、そして心温まるときおりのマニ氏による妨害のなかで行われた。ほんとうにいい空間なのだ。
43歳デザイナー、ヨガに出会う
― たしかもとからヨガを教えていらしたわけではないんですよね。
もともとは東京でずっと暮らしていました。そのときはグラフィックのデザイナーで。20代はデザインの会社に勤めて、30歳からはずっとフリーで10年以上やっていました。ものすごく忙しかったですね。徹夜で働いたりとか。仲間もいっぱいいて、よく遊んだりもしていた。すごく楽しんでいた。
そのなかでヨガと出会って、ものすごくいろんなことが変わったんですよ。たとえば身体的には、そのときもう40代だったから更年期障害が改善されたりとか。だんだんとヨガの哲学的なことも学ぶようになっていって、先生の薦めもあって、自然の中で暮らそうと考えるようになった。
― ヨガを知ったのはどういうきっかけだったんですか?
最初はただ痩せたくて。もともとそんなに太っていないけど、いまより10kg以上は太っていたかな。ジムに週2、3回行くくらいじゃあまり痩せなくて。
そんなとき、アシュタンガヨガというものにハマってしまって。アシュタンガヨガというのは、八支則という教えに習ったもの。アシュトゥーってインドで8という意味でね。
これがものすごくストイックなの!けっこう体力を使う。週5日、朝2時間くらいやっていたかな。仕事もフリーで時間に縛りもなかったから。結果として2か月で10kg痩せた。
― どういう点がストイックなんですか?
シークエンスが。
― シークエンスとは?
ヨガの流れのこと。90分だったら90分のなかで、どうやってポーズを組み立てるか。ものすごい数のポーズがある中でどれをピックしていくか。それらのポーズを、一定のリズムで、ノンストップで、呼吸に合わせて行う。ヴィンヤサヨガと同じ。でもアシュタンガはシークエンスが決まっているわけ。次はこれ、次はこれ、と。ごめんなさい、ヨガオタクだからヨガの話すると長くなってしまう。
― それはもうお構いなくです。
とにかく痩せたくてヨガを始めた。結果も出た。でもやっているうちに、痩せるとかはあまり関係なくなってきて、ヨガのポーズの習得に夢中になった。自分の体の限界とか、集中力が気持ちよくて。
― やることそのものが楽しくなっていったと。
ヨガに入りこんだときはお肉を食べるのを辞めてみたり、食材をすべてオーガニックなものにしてみたりもした。でも当然だけど、オーガニックってすごくお金がかかるじゃない? そのことにふと気が付いたときに、食べるもの全部自分でつくれたらいいなって。それで田舎暮らしに憧れるようになったんです。いろいろ自分でつくれるという夢と希望に溢れてね。
そのあとわたしは1カ月だけインドに行く。ヨガの思想的なところを学びたくて。ちょうど東京には新しく付き合っていた彼がいたんだけど、でもインドに行っているうちに家を出ていってしまって。それで、そろそろ田舎に行こうかなと。すでにデザインの仕事はかなり抑えていて、家賃をひとりで払うこともできなかったし。これはもう東京を離れようということで、パソコンとかも全部処分して、いったん浜松に行ったんです。そこで部屋を借りてヨガの講師になった。
― かなり大きく生活を変えたんですね。
ただヨガに出会った、ということなんです。ヨガに出会ったから静かな暮らしをしたいと思った。
― それから川根にはどのようにして?
浜松には7年くらいいたのかな。そのあいだに何度か、東京で縁があって、その後旅に出て川根に住みつくことになったシンくん(※ダーナ・パーマカルチャー主催者。町内でパーマカルチャーの実践と教育を行っている)が、ヨガをやりに来ませんかと呼んでくれた。通ううちにいまの家が見つかって、いざ引っ越してきたのが10年前。
ほかにも候補地はあったけど、結果的には川根が良かったと思う。適度に人の手が入った山村で、生活にもそこまで不便はしない。それに茶畑の美しさにもすごい惹かれた。自然の山と、波打つ茶畑の風景。
手づくり、手放し、ヨガ暮らし
― 麻美さんは川根でヨガを教えているわけですが、仕事の部分だけでなく、生活自体がとてもヨガ的というか。どういう暮らしをされているのか気になります。
東京時代はヨガのスタジオが九段下のマンションの一室だった。窓の外にはまた別のマンションやビルが映っている。でもときどきリトリートとして田舎や海外で過ごすと、景色がぜんぜん違うんだよね。毎日ヨガをするときの目線の先が山だったら。そういう環境で練習したいと思っていた。
だからこの家に来て梢さん(※麻美さんと同棲するパートナーの女性)にいちばん最初につくってもらったのが、あのウッドデッキ。外で山を眺めながらヨガが出来るように。
それから庭に池もつくってくれた。ヨガをするときに水音があるといいなということで。庭を掘って、家に通っていた山水を流しこんで。
― えぇ、すごい。梢さん大活躍じゃないですか。
すごいでしょあの人。なんでもつくっちゃうんだから。
あとは去年二人でシンくんからパーマカルチャーを学んで、いろいろやりはじめたかな。たとえばキーホールガーデン(※円形のガーデンベッドの中心に人が作業するために鍵穴上のスペースを設けたもの)とか。
パーマカルチャーも考え方はヨガと一緒。自然との共生を目指している。自分も自然のなかの一部で、自然のエネルギーの内のひとつだから。お互いが受けとったり与えたりしながら、お互いを壊さないように生きていく生き方。
― さきほど案内してもらいましたけど、ほんとすてきな庭でした。
あともうひとつ暮らしについて大切なのは、働くことと生活することはイコールということ。
サティシュ・クマールというインドの思想家が言っているのが、働くことは生活することだと。昔だったら着るものは自分で織る、食べるものは自分で育てる。何かを得るために働くんじゃない。
― いざそれを志して田舎に来てみて、ギャップはありませんでしたか?
もうね、挫折しましたよ(笑)。田舎暮らしは田舎暮らしで大変で。すごく忙しい。
最初はいまよりもっといろいろやってみた。仲間と田んぼもやってみたり。畑も頑張ってみたり。でも、そればっかりやっているとヨガを練習する時間がなくて。それで、諦めることが大事なんだなと気づいて。
全部を頑張らない。自分のここちよいバランスのために何かを手放す。思想だけでガチガチにならない。
― でもその執着はそう簡単に手放せないこともあります。
あれやりたい、これやりたい、はあって当たり前だから、それを手放すというよりは、それを自分のハードルを越えては頑張りすぎない。その境界というのが、歳を重ねていくと自ずと見えていく。うん、歳をとるということは素晴らしいことだなと思ったよ。
息を吸って吐いて、自分に返る
― 麻美さんはヨガを教えるときにどういったことを意識しているんですか?
わたしが提供するヨガのクラスでは、ただポーズをとるだけではなく、ただ体をメンテナンスするだけでもなく、90分間をわたしがガイドすることでその場に集中してもらうことがすごく大切。頭のなかがすっきりするでしょ。
家にいると家事なんてキリないからさ。朝起きたら朝ご飯、昼が来たら昼ご飯のことを考えて。どこまでやってもキリがない。野菜とかもいっぱい頂けるけど、もらった野菜を仕込んだりするのもけっこう時間がかかるよね。そのなかでいかにヨガの時間をつくるかが大事で。
― 田舎は田舎で忙しいから。
みんなすごい忙しいと思うの。日々のことでいっぱいだから。レッスンの時間は、それをクリアに出来るような時間にしたい。だからシークエンスを通じて、集中をそこに持っていく。チャレンジングなポーズを入れると、そこでみんなの集中がぐっと高まっていく。
声も大切。わたしの声。抑揚をつけたりして、みんなの気持ちと体を乗せていく。
― 言われてみればたしかに先生の声は大事ですね。それ次第でいろいろな情景が浮かぶ。
もちろん何を言うのかも大事。次はこのポーズです、と淡々とやるのではなくてね。
― 麻美さんのヨガレッスンを受けて印象的だったんですけど、呼吸をすごい重視するんですね。それはどういう意味があるんですか?
つまりね、ヨガは呼吸なんです。ヨガがただのストレッチではなくヨガであるというポイントは呼吸にあると思う。自分の呼吸を意識できるかどうか。
わたしたちはたいていのことを無意識にやってしまっているけれど、それをあえて意識することがすごく大事。無意識を意識する術を身につけることが、ヨガのもう一つの目的だと思うのね。たとえば腕を上げるときも、ただなんとなくやるのではなく、腕は肩甲骨の内側から向こうに伸びているなと。それを口に出したりもする。そうするだけで腕がもっと伸びる。呼吸も一緒で、呼吸の助けを借りることで意識がさらに深くなる。
ポーズをとりながら他のことが頭をよぎることがあると思うけど、そのとき必ず呼吸に戻る。息を吸っている、吐いている、ということを意識するだけで、集中が深まり、自分が整う。
― たしかにそうかもしれません。
それをくり返していると、自然と呼吸に戻れるようになる。そこには呼吸と動作と私だけしかいない。他の思考が入ってこない。それがずっとは続かなくても、すこしでも続くことで、よりリラックスできると思う。
― 呼吸だけでなくて、筋肉や内臓を意識する場面もありましたね。
ほかにもエネルギーとか。
― それは日常生活の中では難しい。
そうなんだけど、でも最近学んだのは、怪我をするとさらに意識が深くなるということ。痛いから。痛みが教えてくれる。
― そこにたとえば指があるということを。
どういう方向に動かすと痛いか。それが意識するってことでしょ。日常生活の中で、たとえばやかんひとつ持つのにも、どう持てば痛くないかを意識するようになる。
わたしもこの2、3年で身体的なトラブルが一気に続いて、手術もした。もう出来なくなってしまったポーズもある。いまではポーズだけがヨガではないと気づいているんだけど、でもそれまで出来ていたことが出来なくなるのは哀しいじゃない?
でも怪我も学びとして受けとると、辛いことではなくなるでしょ。自分の体を深く観察するきっかけ。年配の方とヨガをすることが多いから、その人たちの痛みを知ることができたという意味で、怪我もよかったと思える。
川根とともに暮らしていく者として
― これからも川根で暮らしていこうと?
そうだね。親の問題が残されてはいるけど、それ以外ではここにもう永住したいと思っている。これまで通りヨガを伝えながら。あといままでは口コミだけでやってきたマッサージも、これからはもうちょっと頑張りたいかな。
わたしがやっているマッサージはタイ古式マッサージです。タイマッサージは二人のヨガと言われていて、ポジショニングが大事なのね。相手を圧するときに手でグイグイ押すのではなく、わたしの体重で入る。ただ乗っかっていく。
大切にしたいのは、ただもみほぐすのではなくて、ゆとりの時間を提供すること。リラックスしてもらうこと。ここはヨガとも通じているかな。
目的を持たない美しさ。ただ、いま、ここにいて、リラックスする。結果を求め過ぎない。積み重ねる経過が大切なのであって、結果はおのずとやってくる。そういう考え方。目的は必要なんだけど、あまり囚われてしまうと本質が見えなくなる。ゆとりがないといろんなことを見失う感じがするんだよね。
― ほかにもお仕事以外で新しい取り組みを始めたと聞きました。
エコティかわね(※自然資源を活かしたエコツーリズムの体験などを行う一般社団法人)が立ち上げた、大井川流域でヤマセミを探すプロジェクトに企画から関わっています。
昔はよく見られたけどいまや絶滅危惧種に指定されてしまったヤマセミを見つけたいというのがひとつの目的。でもそれだけではなくて、1年半前の台風の災害以来、大井川が姿を変えてしまったでしょ。土砂がすごい積まれている。災害の後始末としてやっていると思うんだけど、あれでは魚が川に棲めなくなる。その魚を食べるヤマセミも棲めなくなる。
このプロジェクトは5年計画なんですよ。まず1年目は歩いて現状を知って、みんなで観察したものを報告して。2年目に土砂を運んでいる会社ともお互いが感じていることを話し合っていく。どうすれば譲り合えるのかなと。喧嘩をしたいわけではないので。
― 単にヤマセミを探すアクティビティというだけではないわけですね。
けっこう壮大な話なんです。
自然との共生というのはヨガとも通じていると思う。わたしたちはいろいろなバランスのうえで成り立っているものだから。もちろん人は自分を喜ばせることがまず大事なんだけど、やっぱり自然だったり他人だったり、周りにたいして自分が貢献できることを探していきたい。それこそ本当の喜びだよね。人が本来持っている、生きていくことで何かの役に立ちたいという思いなんだよね。
― お話ありがとうございました。応援しています。
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・公式HP
・麻美さんのヨガやスタジオの雰囲気をさらに知りたい方は、パートナーの梢さんが取材・撮影した動画(「60歳。ヨガと田舎暮らし」)もぜひご覧ください。
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(インタビュー・文・写真:佐伯康太)
※前回のインタビュー
濵大輔さん(小学校教師)
「すべてを生きたものにしたい。それが僕の願いなんだと思う」
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